かわや(旧よろずや)のブログ

好きな乃木坂、映画、漫画などについて語ります。

Afuri@南町田

5月14日15時半にお邪魔して、塩らーめんをいただきました。久々の訪問です。多分二年ぶりくらいじゃないかなあ。

某電子決済サービスのポイントがたまったので、ポイント消化にラーメンじゃ、ということで久方ぶりの訪問となりました。

ちなみにおバカな自分は電子決済がなかなかうまくできなくて時間がかかってしまいました。空いている時間帯でよかった。混んでいる時間帯だったらヒンシュクものです。

 

 

 

スープ、麺、チャーシューが選択制になっておりまして、自分の好みに応じていろいろと選べます。タッチスクリーンで選択します。

たとえば、スープはまろ味(鶏油多め)、淡麗から、チャーシューは炙りチャーシュー、鶏チャーシュー、炙り+鶏チャーシューから、という具合いです。

 

今回いただいた塩らーめん、スープはまろ味、麺は全粒粉入極細麺、チャーシューは鶏チャーシューです。

料金は税込みで1,190円なり。

デフォのメニューは柚子入りのラーメンらしいのですが、以前、同じAfuriの恵比寿店かなんかで食べたときに、柚子が出しゃばって懲りたので今回は柚子なしのラーメンを食すことにしました。

 

 

 

Afuriと言えば、みなさんご存知の中村屋系のお店ですね。

 

ラーメンのレイアウトが中村屋系あるあるのレイアウトです。麺が細麺、具が和のいでたち、水菜、海苔と定番の具ですね。

確か中村屋の店主さんは、横浜の名店「くじら軒」リスペクトだったと思います。なんとなくくじら軒を彷彿とさせるレイアウトです。

 

スープ表面の油が多い感じがしました。こんなに多かったかな。まあいいや。

スープを一口、「あれえ?」。

一言で言うとワイルドです。

中村屋系のお店って、自分の記憶によると、精緻な旨味のハーモニーが特徴という印象があります。

「精緻ってなんだよ」というところですが、なんでしょうね、魚介成分25%、海草系20%、動物系33%みたいに(数字はテキトーです)、秤で計ったかのような細かい旨味の構成でバランスよくまとまっている感じがするんです。

ですから、すごーく微妙なバランスの上に乗っかっている感じがして、これに柚子が入ったり、炙りチャーシューの燻った味がスープに落ちたりすると、バランスが崩れて味が微妙になる、そんな繊細さを持ったスープという印象があります。

 

今回いただいたスープは、そういうのとは趣が違います。

出汁のバランスが、というよりも、それぞれの出汁が「俺が、俺が」と主張します。

それと、辛味の成分、なんでしょう?唐辛子かなあ?その主張が強くて、さらにワイルド感が増しています。

 

まあ、美味いかまずいかで言えば、美味いとは思いますが、中村屋系特有の高級感とか洗練された感じというのとはちょっと違う感じがするですね。どちらかというと男気があるスープ、という感じです。

自分の記憶が間違っていなければ、モデルチェンジしたことになりますね。

 

スープはそんな感じですが、麺はしなやかで極細でありながら食感があり、具も出しゃばらずに大人しい感じです。

だから、その分、スープのワイルド感が妙に主張する感じがするですね。

 

とまあ微妙な感想を持ってお店を後にしました。

 

ついでなので、中村屋さん近辺の思い出など。

 

中村屋と言えば、昔は神奈川県大和市にあり(現在は海老名市に移転)、確かテレビかなにかで取り上げられてから、超有名店になり、とんでもない行列になっていたことを覚えています。50人くらいの行列(もっと多かったかな?)で楽勝で1時間待ちしたと思います。店主のお母さまが人員整理されていたのを覚えています。

それで実際に食べたところ、評判どおりの味で衝撃を受けた思い出があります。

 

ああいう洗練度の高いラーメンって当時はすごく少なかったと思います。

味音痴の自分が言うのもなんですが、すごくセンスがいいように思いました。

あまりのセンスの良さに思わず「参りました」と脱帽したラーメン屋さんというと、中村屋のほかに、横浜の流星軒と東京の大喜だったように記憶しています。

 

ラーメンの質もさることながら、店内もなかなかお洒落です。この辺が一世を風靡した理由なんでしょう。

もっとも、洗練度の高いラーメンとおしゃれ系の内装という組み合わせは、今では珍しくなくなり、希少価値という点では強みはなくなったと思います。

中村屋さんが一世を風靡しているなか、おしゃれ系のラーメン屋さんがタケノコのようにわらわらと出てきました。カフェ風のラーメン屋さんとか、ありましたねえ。

たとえば、粘度の高い豚骨スープとカフェ風の内装の組み合わせとか。ぜんぜんマッチしていないですね。

今にして思うと、業界が変な方向に走っていた気がするのですが、その流れも数年で下火になってしまいました。まあ、当然と言えば当然でしょう。

そういうなかで中村屋さんは名店として生き残っているわけですから、やっぱり「本物」ってことなんでしょう。

 

中村屋二号店(?)のZUND-BARにも行ったことがあります。自動車じゃないと行きづらいところにありますね。

確か水にこだわったお店だったと思います。よい水が取れる場所ということで、あえて市街地を避けて山奥に店を構えた店だったと思います。

水の良し悪しは品質を大きく左右しますから。

Afuriさんも同様に、店名のもとになっている阿夫利で取れる水を使っていますね。

 

Afuriさんきっかけで、過去の追憶にひたってみました。

最近のラーメン事情に疎いので、古い話ばっかりしていますね。そのうち都心の有名店を攻めてみたいと思います。

35枚目シングル~山下美月さんの卒業、『車道側』、『「じゃあね」が切ない』

発売からもう一か月経ってしまいましたが、いまさらながら35枚目シングルの収録曲に関するエトセトラを書きます。

 

 

取りあげる曲は、アンダー楽器『車道側』、5期生楽曲『「じゃあね」が切ない』です。

本来テーマにすべき表題曲の『チャンスは平等』ですが、実はこの曲、一回聴いたきり聴いていません。別に悪い曲だとは思いませんが、自分には刺さらず、特にこれと言って書くことがないので、この記事では触れません。その代わりと言っては何ですが、この曲のセンターを務める山下美月さんについて思っていることを書きます。

山下美月さんの話は、本来であれば、単独の記事として書くようなネタなのですが、自分の中である程度、単独の記事としてのぼんやりとしたイメージができないと、まとまった記事として作れないので、とりあえず今の段階で思い付く範囲で、気の向くまま書いてみたいと思います。

 

山下美月さんのこと

 

山下美月さんを一言でいうと「すごい人」です。

いろいろな意味ですごい人だと思います。

 

まず、自身を徹底的に素材として使う、強力なプロ根性です。

際どい言動のみならず、自身の身体のパーツさえ素材として扱い、放送コードに引っかかりそうな(言い過ぎですね)ポーズを取ってみたりと、すごいラインで攻めてくる印象が強くあります。

使えるものは何でも使ってやれという、すごい振り切り方をした人に見えます。

そこまで振り切るのは、自分には手持ちのものがあまりないという、自身に対する自信のなさが根底にあるんじゃないかと個人的に邪推しています。

 

自我肯定感が低いと彼女自身、公言していますが、裏を返せば、非常に高い目標を持っているということなのだと思います。

他人からすれば何もそこまでと思うわけですが、それは持って生まれた性格みたいなものだから仕方のないことだと思いますし、そういう性格は、一流になるための必須条件なのではないかとも思います。

仕事を例に取ると、少なくとも自分の経験上、自分は仕事ができる系の発言をする人で本当に仕事ができる人を見たことがありません。

仕事だけでなく、何事も「できる人」ほど謙虚です。それは、いま自分がどんな位置に立っていて、その先の進むべき道をしっかりと見定めているからなんだと思います。そういう人は口を揃えて自分のことを「自分はまだまだ」と発言します。

美月さんも自分のポジションをしっかり見定めているところがあるように思います。『乃木坂工事中』の第350回「褒めっこグランプリ後編」で齋藤飛鳥さんから「何十人もいるメンバーの中で自分の役割を一番理解しているのは山下」という褒め言葉をもらって泣き始めたことがあります。動画はYouTubeで公開されています。

www.youtube.com

齋藤飛鳥さん、さすがです。ツボを抑えてらっしゃる。これ、図星だったんでしょう。

 

山下美月さんといえば、「あざとい」とか「小悪魔」とかいう代名詞があてられることが多いようですが、言うまでもなく「ビジネスあざとい」、「ビジネス小悪魔」ですね。

その昔、秋元真夏さんが、なりたい顔No.1に輝いたこともある白石麻衣さんの美貌をいじるという、とんでもない暴挙に出たことがあります。それが発端となって白石さんが黒いオーラをまとう「黒石さん」というキャラが生まれました。

秋元さんが白石さんの美貌をいじったおかげで、乃木坂メンバーの関係性がフラットになり(タブーがなくなり、何でもありになった)、また乃木坂的にも「黒石さん」という名物のネタができ、冠番組などのハイライトとして一役買っていました。

初めからこのような効果を狙っていたんだと思います。真夏さん、計算高く、なかなかの策士ではないかと。

 

この辺の策士ぶりを山下美月さんも発揮しているようにも思います。

たとえば、乃木坂の齋藤飛鳥さんとは互いにいじり合う関係になっていましたが、特に美月さんの飛鳥さんに対するいじりはなかなか強烈だったと思います。悪意のある物真似をしたり、飛鳥さんの小顔を揶揄して「豆みたい」と称したり。

それが乃木坂の名物ネタとなっていました。この辺は、秋元真夏さんばりの計算が働いていたのではないかと思います。

というのも、乃木坂の子たちはみんな性格がよく、普通に見ていると清楚な美人ちゃん・可愛い子ちゃんの集まりになります。見ていて華があるのですが、少し平板な感じがします。

そういう絵の中にちょっとしたスパイスとして「ビジネス○○」を演じ切るキャラがいると、乃木坂のグループ全体に厚みができるように思います。

 

美月さん卒業後に、こういう「ビジネス○○」として、活躍できる人材っているんでしょうか。

 

下馬評によると、この路線の継承者は5期生一ノ瀬美空さんになるらしいですね。確かに、そういう素養はお持ちのようにお見受けします。

ただ、彼女、性格が優しすぎるような気がします。果たして「ビジネス○○」になりきれるのか。

瞳孔開きっぱなしのやばい人物を演じるのは得意みたいですが、自分の知る限り、悪意のあるいじりは見かけていないと思います。しいて言えば井上和さんの「なゃぎ」いじりでしょうか。この際、彼女の美貌も含めていじり倒して黒い和ちゃんを発現させてみるのも一興かと思います。

 

いろいろと脱線しましたが、山下美月さんのああいう風に振り切る思い切りのよさには頭が下がります。

つい先日卒業した櫻坂46の小林由依さんとは別のタイプの「プロ中のプロ」という感じがします。

 

彼女の演技力は高く評価されているので、自分もよく目を凝らして見て何がよいのか書きたい気持ちはあるのですが、なかなか彼女の演技を見る機会がありません。

実は前に、彼女が出演する『映像研には手を出すな!』という映画を観たのですが、内容がアレ過ぎて、彼女の演技に目が行かず、しかもその映画が深くトラウマとして心に刻まれてしまい、それ以来、乃木坂メンバー出演のお芝居は観なくなりました。演じる側の問題ではないのですが。

『映像研には手を出すな!』は、原作も面白いし、アニメも面白いし、期待してたんですが、みごとに肩透かしをくらいました。

冒頭、黒澤明監督の『羅生門』のオマージュで「おおっ!」と思ったのですが、何かその後もうグダグダの展開でしたから。演技がどうとかいう以前に、シナリオ、演出がダメダメだと思います。

なので、彼女の演技の印象もほとんどありません。

 

それはそれと割り切って改めて彼女の演技を観てもいいのでしょうが、相当深いトラウマとして刻まれてしまったようです。そのうち深い傷も癒えると思うので、そうしたら彼女を含め乃木坂ちゃんたちのお芝居ときちんと向き合おうと思います。

 

まあ、彼女の演技は世間的に評判が良いようで、彼女、女優さんの道を歩むんですかね、陰ながら応援したいと思います。

なんにしても今までスケジュールをぎゅーぎゅー詰めにしてきたと思うので、とりあえず次の道に入る前にじっくり骨休めして英気を養っていただけたらいいなあと思います。

 

アンダー楽曲『車道側』

 

つい先日、『車道側』の再生回数が表題曲『チャンスは平等』の再生回数を上回ったと話題になりましたね。

YouTubeにアップされている表題曲の『チャンスは平等』とアンダー楽曲の『車道側』の再生回数がデッドヒートを演じ、アンダー楽曲が表題曲を追い抜いたということで一時、お祭り騒ぎみたいになっていましたが、今ではアンダー楽曲が表題曲を追い抜き、若干、突き放しているようですね。

この記事を書いている2024年5月10日午前11時現在で『チャンスは平等』が2,294,773回(2024年4月4日公開)、『車道側』が2,412,093回(2024年3月18日公開)です。

このことについては、快挙と両手を上げてバンザイする人もいれば、せっかくの卒業シングルに水を差すような真似するなと眉をひそめる人もいるようです。

3期生全員選抜入り、あるいは一部の選抜常連組のアンダー異動については、いろいろな意見があるようですが、自分としては特に感慨はありません。

来年の6期生加入を控えて、おそらくこれから3期生の卒業が続くように思いますので、いまはその卒業に向けての花道モードなのではないかと個人的に思っています。

 

それで、YouTubeにアップされている『車道側』のコメント欄を見ると、打倒表題曲を掲げて再生回数を組織的に増やしているように見えますね。

これについても特に感慨はないのですが、意味のあることだとは思っています。

自分たちにとって、自らの想いを乃木坂の運営サイドに伝える機会はすごく限られています。自分たちの聴きたい曲はむしろこっちなんだという意思表示をするという意味では目くじらを立てるような話ではないと思います。

これは、ある意味、選挙と同じですね。

選挙のときに、ニュースのアナウンサーが選挙会場に行くようにさかんに薦めるのは、選挙というものが、日本国民が国政に対してじかに意思表示をできる数少ない機会だからです。

まあ、似たようなものなのではないかと思います。

 

ただ、選抜常連組が合流した今のアンダーを「最高のアンダー」と言うのは個人的にどうかと思います。それは、今までアンダーに全力を尽くしてきた人たちに失礼ではないかと。

 

ついでに言えば、もういっそのこと選抜とアンダーなんていう敷居を取っ払って、チームを2つに分けて順繰りに表題曲を歌うというローテーション制にでもしたらいいんじゃないかと思います。

正直、いまの選抜のフォーメーションを見ていても、あまりメンツが代わり映えしなくて面白味がありません(本来、面白味という軸で選抜を見るものではないのかもしれませんが)。

もし、チームを二分するのであれば、それぞれのチームに人気メンバーを適当に散らせば、商売的な旨味も減らないように思うのですが、どうなんでしょうか。

 

なにか変な方向に話がずれ出した気がするので、歌の話を。

センターは4期生筒井あやめさん。

彼女の歌の特徴は、声質がとても乾いていて、抑揚があまりないというところではないかと思います。

あくまでも印象レベルの話ですが、彼女の歌声を聴いていると、ものすごく現実主義者なのではないかという気がします。

勝手な想像なんですが、彼女、結婚したら生活を堅実に切り盛りし、旦那を尻に敷きそうな感じがします。根拠はありません。既婚者の直感です。

 

曲そのものは乃木坂アルアルの曲ではないかと思います。

確かDメジャーの曲で、ときどきA#が入るというちょっと変則的な音づかいをしていて微妙な引っかかりを作っておき、サビは、Dメジャーの中で一番開放的な音になるAナチュナル(シャープもフラットも付かない音)を中心に展開してカタルシスを創出する、みたいなざっくりとした見方をしています。

一回音を取っただけで記憶を頼りにしているのでアテにはなりません。間違えていたらごめんなさい。

MVもそんなカタルシスを演出しているんじゃないかなと思っています。

MVの最後の方で、他人ばかり写していて自分が被写体になっていない現実を見て落ち込むアヤメさんが、ふとスマホに送られてきた写真に自分が被写体として写っているのを見て喜ぶシーンから間髪を置かずに全員で踊るシーンに移ります。これは、まさにこの曲が持つ独特のカタルシス志向をMVでも表現している気がします。

ちなみに何人かの少人数のグループになってサビを踊るシーンがありますが、みんなで同じ方向を見て踊っているグループ、互いに向き合って踊っているグループ(相思相愛グループ)、互いに逆向きになって踊っているグループ(すれ違いグループ)になってますね。

 

もう一つこの曲で特徴的だなと思うところは、ベースが目立つことです。それで、ベースのラインを追っていくと、8分音符で1オクターブ上の音とセットで上がったり下がったりするところがあります。言葉で説明しようとすると分かりづらいですね。楽譜にします。

 

 

楽譜を見ていただければわかるように、8分音符2つでワンセットになつていて、2番目の音が前の音の1オクターブ上になっています。このセットが1音ずつ上がっていくパターンです。

ちなみに曲をちゃんと採譜した楽譜ではなく、こんな感じの奏法だとイメージしてもらうための譜です。

 

このオクターブのセットで上がったり下がったりする奏法は、ディスコブーム全盛(1970年代〜1980年代)のときのラインを意識している感じがします。

以前、いろいろなバンドでいろいろな楽器をやっていたのですが、古い曲を主に演奏するコピーバンドみたいなバンドでベースを弾いていたことがあります。

それで、こういうベースのパターンを弾いたことがあります。

具体的な曲名は、松任谷由実さんの『Destiny』(1979年)と、ブロンディというアメリカのバンドの『Heart of Glass』(1979年)という曲です。

もしかして、表題曲のディスコ調と年代的に揃えてきたのかも、と思っています。

 

ちなみに『Heart of Glass』という曲ですが、自分の記憶が正しければ、NHKのロックを振り返るみたいな番組で、この『Heart of Glass』が取りあげられていたと思います。

もともとはレゲエ調の曲だったんだそうですが、プロデューサーに言われて当時隆盛を極めていたディスコ調に変えられたそうです。

おそらく、それにメンバーが納得いかなかったのではないかと思います。曲の途中で変拍子になり、拍が一拍足りなくなります。

「むりやりディスコ調に変えられて頭にきた。踊れなくしてやれ」とばかりに一拍抜いたんではないかと。あくまでも自分の勝手な想像ですが。

 

脱線しましたが、『車道側』のこういうアレンジには、表題曲と年代を合わせるという意図もあったのではないかと思っています。

 

5期生楽器『「じゃあね」が切ない』

 

今シングルでも、5期生楽曲が収録されました。これで5期生デビューから7シングル連続です。

 

3期生以降、加入から連続して期別楽曲が連続して収録されるようになりましたが、3期生4期生ともに5シングル連続です(アルバム収録の期別楽曲を除く)。その後、いったん期別楽曲は途絶え、30枚目シングルで3期生4期生の期別楽曲が収録されています。

連続回数でいうと、5期生が最高ということになります。

7曲ともセンターが違っています。期別楽曲のセンターは運営の推しのようですから、すでに7人も推しがいることになります。今更あえて言うことでもないのですが、やはり5期生優遇の匂いがぷんぷん漂いますね。

 

曲自体はレトロ調で、新緑かおる今の季節というよりは、なんか晩秋のそろそろ寒くなってきたかなあ、くらいの季節感の曲です。

哀愁たっぷりの切ない系の曲ですが、ハイライトはCメロでセンターの五百城茉央さんの高音の独唱部分ではないかと思います。彼女、高音が半端なくきれいですね。

 

この曲とは別に彼女、同じ5期生の奥田いろはさんと二人で『サルビアの花を覚えているかい?』という曲も収録されています。この二人、5期生の冠番組『超・乃木坂スター誕生』発のフォークデュオ「カフェオーレ」でもお馴染みのコンビですね。

この曲での二人の掛け合いが美しい。こういう歌で聴かせる曲が収録されていると、ほっこりします。狙った曲とは違う魅力があります。

こういう曲を聴いて思うのは、(少し話が飛躍しますが)つくづく乃木坂のメンバーの自作曲も収録してほしい、ということです。

いや、いい曲を書くことなんてことは求めていません。ただ、乃木坂を他のアイドルと差別化できたらいいな、という思いです。この辺、いろいろな想いが詰まっていて書き出すと長くなるので、別の機会に書きたいと思います。

 

以上、35枚目シングルに関するエトセトラでした。

松本家@町田

古いデータを発掘しました。2021年12月16日の実食レポートです。

以下、レポートです。

 

前から気になっていた松本家さんにてラーメン(並)。720円なり。

ま、店のロゴやら、博多家系っていう触れ込みやらで、不安要素はありますが、ネットの評判もまあまあよさげなので、実際に足を運んでみました。

 

 

コスパの面でいえばまあまあだと思います。


こちらも魂心家さんと同じスタイルで、大盛無料、ご飯お替わり自由です。町田だと町田商店MAXさんがこのスタイルを採用していますが、近場にライバル登場ってことでMAXさんも心中穏やかではないかもしれませんね。

スープは醤油、あご出汁、味噌、塩?(失念した)の四種類から選べます。あご出汁と家系のスープが混ざるとどうなるんだいという興味本位であご出汁にしました。

あと、麺も太麺、細麺から選べます。大盛も無料。

当然、家系ですんで、油の量、味の濃さなども指定できます。

 

 

 

お店の触れ込みによると、スープの構成が鶏白湯+豚骨醤油ってことらしいですけど、鶏白湯っぽい要素はあまり感じなかったです。鶏白湯というと口にまとわり付くような独特のドロっとしたスープを連想しますが、スープの粘度は低く、あっさりとしてましたので。

 

で、何が博多の要素なのかってことですが、博多っぽい要素と言ったら、明太子(別皿)が付くってことと、替玉があるってことかしらん。あとカウンターの味変グッズに、紅ショウガがあったことくらいで、ラーメン自体に博多っぽい要素がないように感じました。いや、わかる人にはわかるのかもしれないけど。

 

 

 

さて実食。

 

スープを一口。最近の(特に多店舗展開している系列)トレンドらしい、マイルドな豚骨醤油です。角が丸くて飲みやすいけど、その分、引きが弱い例のアレっていう感じです。壱○系とかでおなじみですね。

その系列でお馴染みのうずらの玉子も例に漏れずちゃんと入っています。

あご出汁が入っているからって特に違和感なし。そういうもんだと思って食べれば、まあありかと。でもベースがいかんせん手垢にまみれたようなスープで、あまり面白みはないように思います。

 

麺は中太の縮れ麺。張りがあってなかなかいけます。

 

後はチャーシュー、ほうれん草、大判のり、小口ネギっていう定番の具です。チャーシュー、スーパーで売っているような業務用の味付きチャーシューのような味がする。単体で食べたらまあいいかもしれないけど、動物系の強いスープでこれは合わないんではないかと。

 

質の高さを求める人にはお勧めできないけど、そこそこの味でとりあえず腹いっぱいになりたいという方にはお勧めできます。

そこそこのクオリティで腹一杯ってことであれば、豚山さんの一人勝ちだった感がありますが、こちらのお店もその路線に乗るかもしれませんね。もっともかたや二郎系、かたや家系なんで、客層が違うだろうし客の取り合いにはならないような気がします。

中西アルノさん、いろいろ~その弐・その人物像と歌唱力について

前回のブログの続きです。

前回のブログはこちら。

yorozu831.hatenadiary.jp

 

このシリーズの第一弾を投稿してから、もうすでに一年近く経ちますが、ようやく第二弾を書き終えました。第二弾を書き始めたのが去年の5月8日(書き始めた日付をファイル名に入れているのでわかるんです)、それから一年近く塩漬けにしてしまいました。

 

前回の記事は『Actually...』のMVが中心でした。今回は、アルノさんのパーソナリティーと歌についてもう少し踏み込んでみたいと思います。

彼女の言動から見える姿は、彼女がドМキャラであること、それから平和主義者であることです。

それから、彼女の歌についても、もう少し踏み込んであれやこれや書きたいと思います。5期生の歌唱力の凄さは多分、乃木坂の歴史を塗り替える可能性があるように思っています。その中で、彼女がどのような位置にあるのかについて書いてみたいと思います。

本当は彼女の映画の趣味とか、出演している番組(俳句の番組など)を見たうえで、その人物像を深く掘り下げるつもりだったんですが、なかなかそういう時間がない(やる気がない?)ので、今持っているネタで完結させようと思います。

 

きっとドМキャラ、平和主義者

 

ちょうど自分が乃木坂に興味を抱き始めたのが2022年春で、『Actually...』の発売時期と重なります。

その時分は2期生の追っかけみたいなことをしていて、2期生の動画を漁って見まくっていたわけです。

なので、世間で騒がれているほど、『Actually...』に対する興味がさほどなく、シングルのカバー写真に映っているアルノさんを見て「なんか乃木坂っぽくない子が写ってるな」くらいの印象しかありませんでした。

ネットの評判はもっぱら『Actually...』が欅坂46(現在の櫻坂46)っぽいとか、アルノさんが当時の欅坂の平手友梨奈さんに似てるとか、全体的に乃木坂らしくないと、評判がいまいちだったように記憶しています。今にして思うと、「どこが?」と首をかしげるような言われ方ですけどね。

それに、アルノさんの過去の活動が掘り起こされ問題視され、自粛騒ぎになりました。

さんざんなスタートを切ったためか、『Actually...』と中西アルノさんの世間的な印象は悪かったと思います。2期生以外に関心がなかったため、ちゃんと調べもせず、自分もそんな世間的な風潮をそのまま飲み込んでいた輩だったのでした。

 

そんな印象が変わったのは、彼女の自粛明けから少し経ってネットに出回った動画です。

5期生の看板番組『超・乃木坂スター誕生』のメイキング動画かなんかだったと思います。アルノさんが、上下四本の親知らずをいっぺんに抜いて、頬が腫れて、餌を食べすぎたハムスターみたいになってしまい、それを周りのメンバーから「中西マルノです」といじられる動画です。

思わず笑ってしまいました。

自粛騒動もあり、メンバーとの間に微妙な隙間ができて居心地悪い思いをしているんだろうなあ、と思っていたんですが、そうでもないなと。

女性どうしでいじり合っているってことは、良好な人間関係ができているってことです。女性は特に仲良しでもない人との間には垣根を設け、建前で接しますが、心を許し合った間柄になると結構辛辣ないじりを平気でしますから。

 

アルノさんはもともと繊細で、人の感情の機微にすごく敏感な人です。それは、周りのメンバーが口をそろえて言っていることです。

そんな彼女が5期生の中でたった一人選抜に入り、しかもセンターを任されたうえに、加入前の活動が問題視されて自粛したんですから、おそらく私たちの想像をはるかに超えるメンタル的な重傷を負ったと思います。

ああいう風に彼女をいじるのも、居心地の悪さを感じないように他の5期生ちゃんたちが気遣ってのことなんじゃないでしょうかね。

 

ちなみにその動画の中で、アルノさんの性格が如実に出ていると思われるシーンがあります。

他のメンバーに両の頬を両手で挟まれて「顔のフォルムが…」といじられていたときの彼女の表情が、やや怯えたような目をしています。実際には怯えているわけではありません。相手に強く出られたときに、ドМの人が浮かべる表情です(だと思う)。

経験上、ドМの人の目って、感情が表に出るよりも、引いたような感じの目になるんです。抽象的な表現でわかりにくいと思いますが。

世の中には「やられたらやり返す」人もいれば、「やられたらやられっ放し」の人もいます。彼女は典型的な後者のパターンに該当するのではないかと思います。逆に前者のパターンに該当するのは井上和さんじゃないかと。彼女、そうとう我が強そうですから。

今回の記事では、アルノさんと非常にいいコントラストになるので、他のところでも井上和さんに登場してもらう予定です。別に知り合いでもなんでもないんですが、彼女のことを「和ちゃん」と馴れ馴れしく呼ぶことにします。そっちの方がキーを打ちやすいからです(自分、かなキー入力しているもんで)。

 

もう一つエピソード。

2023年の年始に放映された『乃木坂工事中』の件です。こちらの動画、公式がYouTubeに公開している動画です。

www.youtube.com

 

この回、黒見明香さんの「カマキリ」キャラですっかり有名な回です。

黒見さんの学生写真が、まるで人工物のような映りになってしまい、顔の比率も変で、妙に顔の下半分が尖って見えるため、「カマキリじゃん」といじられ大盛り上がりした回です。

 

 

『乃木坂工事中第393回 B級ニュース大賞 2022前編』より

 

MCのバナナマンさんに強烈にいじられ、全員の爆笑を買うのですが、このときにアルノさんだけ、首を横に振る様子が映し出されます。

 

『乃木坂工事中第393回 B級ニュース大賞 2022前編』より

 

 

これ、明らかに黒見さんをいじることに対する不快感を表していますね。

 

その昔、『乃木坂工事中』で、秋元真夏さんの頭の大きさを堀未央奈さんがいじったときに、その後ろにいた星野みなみさんが首を横に振り、露骨に不快感を表していました。そういう風に人の身体の特徴を笑いものにするのが気に入らなかったのか、あるいは堀さんの物言いがよくないと感じたのか理由はわかりません。何にせよ、星野さんの表情は「そういうことは言わない方がいいんじゃない」と明らかにとがめるような表情でした。

しかし、アルノさんの表情は、とがめるというよりは少し悲しそうな感じがします。「そんなことを言わないでください」というような感じです。なんか彼女の性格をよく表しているような気がするですね、このシーン。

 

他のメンバーは、黒見さんの人格とは切り離して大笑いしているのに、少なくともその当時はそういう割り切り方ができなかったみたいですね。業界慣れした今となっては、別のリアクションを取るかもしれませんが。

ちなみに隣で爆笑している和ちゃんが、そんなアルノさんの方にちらっと目をやるシーンがあります。心配しているように見えましたが、そうなのかどうか。。。

黒見さんといえば、5期生に一番先に親しく接してくれた先輩ですから、きっとそんな黒見さんをアルノさんはリスペクトしていたんでしょう。

バラエティーのネタとして割り切ることができない、ピュアなところがあるのかもしれません。

想像ですが、下ネタとかを流せない、むしろ泣き出しちゃいそうなキャラのような気がします。この辺のピュアさは、池田瑛紗さん(通称「テレパン」)にも似た印象があります。

 

アルノさんの性格を簡単に表すなら、ドМ、ピュア、それにおそらく平和主義者というところじゃないかと思います。

相手が強く出たら、自分が引いてしまい衝突を避けるんじゃないかと。

プライドが強いタイプは、我を押し通しますから、他人の主張に納得できなければ、それに強く反発すると思います。和ちゃんにはそういう要素を強く感じます。

対して、アルノさんは正反対な印象があります。相手が強く出たら、衝突を避けて簡単に自分を曲げてしまうところがあるように見えます。そういうシーンは、過去の番組から発見できなかったので、まあ、想像に過ぎませんけど。

相手に飲み込まれることを避け、群れることは好まず、相手との間に快適な距離を持てるごく少数の人間とだけ仲良くするタイプのように見えます。

この辺、陰キャを公言しているテレパンと共通するものがありますね。二人とも学校の教室の片隅でぽつんとしてそうな人に見えます。仮に陽キャの岡本姫奈さんが同じクラスにいたとしても三人の間に何の接点もできなさそうですね。

アルノさんとテレパンは互いに警戒し合ってなかなか近づかなさそうに見えますし、岡本さんもキャラクター的に陰キャの人と積極的に交わる人でもなさそうですから、これまた接点ができなさそうなんですが、乃木坂に入って三人が大の仲良しになるんだから、人生わからないもんですね。

 

中西アルノさんは5期生メンバーから癒やしキャラのような言われ方をしますが、それは、上に書いたことが理由ではないかとおもいます。

自我が出っ張っていないため、構える必要がないし、安心して話せるし、何でも受け止めてくれそうだしというところなんでしょう。

この辺の感じは、3期生与田祐希さんにも通じるものがあるように思います。ちょっとパンクな発想もある彼女ですが、我が出っ張っていない人ならではの独特の柔らかさを感じます。そういう人と一緒にいると、素のままでいることができるんだと思います。

 

他にも、彼女の映画の趣味とか、闇の部分とか興味をそそられる部分は多々あるのですが、データ不足で、あんまり想像ばっかり膨らませるのもなんなんで、歌の話に移りたいと思います。

 

アルノさんの歌の魅力

 

あっちこっちの記事でアルノさんを乃木坂最高の歌姫と持ち上げていますが、もう少し詳しく書いてみたいと思います。

ちょうどいいコントラストになるので、ここでも和ちゃんに登場してもらいます。

 

まず、和ちゃんの歌唱力のすごさについて触れてから、それと対比する形でアルノさんの魅力を語ってみます。

 

乃木坂46で歌うまと称される人は、過去、現在を通していろいろといます。そういう方の歌を聞いて確かに声もいいし、耳に響くなとは思うのですが、ときどき音程が安定していなかったり、声がつぶれてしまったりと若干、不安定なところがあるように思います。まあ、歌ばかりが専門ではないので致し方ない側面はあるのでしょう。

自分は、サックスみたいに環境によって音程が変わってしまう楽器をやっていたせいか、おそらく他の人よりも音程には神経質になる傾向があります。なので、歌の中でちょっとした音の外れも気になってしまうので、ちょっと見方がシビアかもしれません。

サックスって、気温とかのコンディションで音が上がったり下がったりするんです。それから吹くところに付けるマウスピース(同じ銘柄であっても)を替えるだけで音程が(音質も)変わったりします。何かと微調整が必要になる楽器なんです。

おそらく、サックスに限らず楽器をやっている人は、やっていない人に比べてその辺の見方はシビアになるんじゃないかと思います。

なんて言いながら、その実、楽譜通りの音で歌える=歌うま、とも限らないとも思っています。さっきの話とは矛盾する話になりますけれども。

音程外れまくっているのに、なぜか味があっていい歌い手さんもいます。

最近の風潮として、AIで歌を採点して、それで点数が高ければ歌うま認定となるようですが、それもどうかなと思います。人の感性に訴えるかどうかなんてAIでは認識できませんから。

音程外れているけどいい歌い手さんと、単なる音痴との境界線って何なんでしょうね。

 

話が脱線したので元に戻します。

乃木坂に過去、現在と歌うまのメンバーがいますが、5期生の加入でがらりと様子が変わってしまったように思います。

歌の安定感のみならず、その他の面で見ても、和ちゃんとアルノさんは頭一つ抜けている感じがします。

 

和ちゃんの歌唱力の高さは良く知られていますが、5期生の冠番組『超・乃木坂スター誕生』で披露しているのを聴いていて、ときどき圧倒されることがあります。

たとえば、歌の中で音を伸ばすところが出てきますね。そこで、単に音を伸ばすだけでなく、伸ばしている途中で声に「圧」をかけて歌に迫力を付けることがあります。

「圧」をかけるという言い方が正しいのかはわかりません。ボーカルはあまり詳しくないので。前にも書いたとおり、サックスを吹いていたことがあり、そのときに「圧をかける」という表現に慣れ親しんできたので、ついついこういう表現になってしまうのですが、「腹から声出せ」のイメージに近いです。最初、普通に出していた声を、腹(?)を使って太い声にする、みたいなイメージです。

そういう彼女の姿を見ていると、「この子、歌に命かけてんな、すごいな」と感嘆します。

それと、声量があって、艶のある声をしています。アルノさんのような声にクセがないので、どんな曲にも対応できる幅の広さもあるように感じます。

 

対して、アルノさんは、そういうテクニックはあまり使っていないように思います。自分が知らないだけで素人には気づきにくい、いろいろなテクニックを駆使しているのかもしれませんが、少なくとも和ちゃんのような一聴してわかる派手なテクニックを使わないように思います。

それから、声自体も独特のクセがありますね。陰があり、少し気だるい感じの声をしています。複数人が歌う歌割の中でも彼女の声は比較的はっきり聴き取れます。

ああいう声質は、透明感のある歌声の持ち主が多い乃木坂にあって異色な感じがします。

しかし、言い換えれば、乃木坂のカラーとは違った歌にも適応できる、ということにもなると思います。

 

和ちゃんに比べて、声にクセがあるし、声量もさほどあるわけでもなく、おそらく和ちゃんほど曲の応用範囲が広くなく、ハマる曲を選んでしまう傾向があるように思います。

そんな彼女にとって最大の武器は、感情表現なんだと思います。

感情を絞り出すように歌い上げたときに彼女の本領が発揮されるように思います。感情をぐわっしとつかまれて揺すられるような感覚になります。単にうまいとか、そういうレベルの話を越えちゃってるんじゃないかと。

 

今後の乃木坂に、和ちゃんレベルの歌い手が加入する可能性はあると思います。

前に、ボーカルのスクールに通っている人の歌をカラオケで何回か聞いたことがありますが、やはりレベルが全然違います。発声から何からすごく訓練された人ならではの歌です。素人ではまったく太刀打ちできないレベルです。和ちゃんの歌もそういうレベルの歌に聞こえます。

しかし、アルノさんには、そういうプロっぽさとも違うものを感じます。

うまい絵を描く人はたくさんいますが、「これ、すげえ」と感情を揺さぶるような絵は滅多にない、ということと同じです。

そういうわけで、自分はアルノさんを乃木坂史上最高の歌姫なんじゃないかと思っているんです。

乃木坂のパブリックイメージもあるせいか、コンサートではあまり冒険した選曲はできないようですが、『超・乃木坂スター誕生』では、個人のキャラに合わせた、結構攻めた選曲をしてくるので、彼女のキャラならではの歌を唄ってもらいたいなあと個人的に思っています。

たとえば、厚化粧して退廃的、世紀末的な歌を唄ってもらうとか。清楚なイメージを大事にする乃木坂的にはNGでしょうが、個人的にはそういう乃木坂の枠からはみ出た彼女を見てみたいです。

 

そういえば、5期生の冠番組になっている『超・乃木坂スター誕生』も今年で三年目に突入しましたね。

最初の一年目は試行錯誤している感じがしましたし、5期生の魅力を引き出せているように見えなかったのですが、二年目からがぜん面白くなってきたと思います。

自分の記憶が確かであれば、二年目突入の第一弾で奥田いろはさんが、ゴリゴリのロリ衣装を着たアイドルを演じたと思いましたが、あれって、ブリブリのアイドルを演じるのが苦手ないろはちゃんをいじっていますよね。

なかなか、いい傾向だと思います。スタッフが5期生のキャラを把握し、ある意味、悪意のある「いじり」を入れてきたということは、作り手側と演じる側にいい関係ができてきた証拠でもあると思います。

和ちゃんが「にゃんにゃんなぎ」のぽーずを取るのに気乗りしないのを知っていて「にゃんにゃんなぎ」を連発する「にゃぎ神様」とかいうキャラクターを作ったのも、そういう意図があるんではないかと。

歌のコーナーの選曲も、各メンバーのキャラに合う歌を選んだり、またメンバー自身にも曲を選んでもらうようになっていますね。しかも、選曲に制限をかけていないんじゃないでしょうか。乃木坂的にNGになりそうな「ヤバい」曲も取りあげています。

乃木坂さんには一皮むけてほしいと願っている自分には、『超・乃木坂スター誕生』に期待するところは大きいです。

 

話が右往左往した感がありますが、これでアルノさんシリーズはいったんおしまいです。

豚仙人@中央林間 ~豚にアイデンティ?!

どうしても久しぶりに二郎系が食べたくなって、最寄りの二郎系を探した結果、中央林間の豚仙人が一番近いので、こちらにお邪魔しました。

狭い路地を入ったわかりにくい場所にあります。そのせいか、お客さんの入りは、二郎系にしては少ないと思います。

 

 

 

 

デフォの国産豚ラーメン(880円なり)を麺200gで頼みました。麺300gでも料金は同じなんですが、食べきれる自信がなかったので日和りました。

トッピングは野菜増し、他はデフォルトです。

 

 

 

 

まずはスープ。豚が前面に出て主張するスープです。

二郎系とも違うテイストです。いわゆるチャッチャ系ていうんですか、関東豚骨系ていうんですかね、そっち系のスープです。妙にしょっぱいです。

化学調味料も入ったライトなスープですね。ショップ系でよく遭遇する味です。んー、この極太麺には少し弱いかも。

 

麺はごわごわした太麺です。わしわし食べる系ですね。二郎インスパイアにはあるあるの麺です。

ただ、さっきも書いたようにスープがちと弱い気がする。

ニンニクをまぜまぜしてスープの援軍として使うと、まあいい感じ麺と絡みます。

 

野菜増しにしたつもりなんですが、野菜増しになっているんですかね。隣の人も野菜増しだったで見比べたんですけど、何か少ない感じがする。お隣さんが麺300gなので、そのせいかな。

これで野菜増しだったら、野菜マシマシいけましたね。というか麺300gいけたな、日和る必要はなかったですね。

豚(チャーシュー)は、分厚いのが一枚。部位はウデですかね。食べ応えがあっていいですね。

 

きっと店名の「豚」が示すように、豚にアイデンティティを求めている店なのだろうと思いました。

その他にこれ!という強いアピールポイントは感じませんでしたが、店員さんのオペレーション、少しぎこちない感じがしたので、今後に期待?!かも。

5期生楽曲『心にもないこと』再考、テレパンのこと

4月になりました。新学期の季節ですね。

そして、このブログを始めたのも去年の4月です。おかげさまで1年間、続きました。よく続いたと我ながら思います。

初投稿が忘れもしない、去年の4月29日。ゴールデンウィークのさなか、旅行に出ていたのですが、その折に宿泊先のホテルで書き上げて投稿した記事でした。

初めての投稿なので、すごくドキドキしていたのを覚えています。

まあ、その辺の裏話は、この記事の最後の方でつらつらと書いているので、興味がある人は覗いてください。

 

『心にもないこと』再考

 

さて、本題です。

初投稿の記事のテーマは5期生楽曲『心にもないこと』でした。

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あれから一年経って、今の自分にはどう見えるのか試したくなり、一年間でどういう変化があるのか確認したいと思います。

それで,、久しぶりに『心にもないこと』のMVを見たのですが、やっぱ一年前と違って見えますね。

改めて見直すと、表のテーマは「卒業、新たな門出」というところだと思います。この辺はだいたい一本道ではないかと。問題は後で触れる裏テーマ(?)ではないかと思います。

www.youtube.com

 

改めて見直して思うのは、一年前と同じ感想を抱く部分もあるのですが、スルーしている部分が多いということです。このMV、個人的にはそんなに仕掛けは多くなくて、さほどカロリーを消費しなくても、分かる部分が多いように思います。

たとえば、『Monopoly』だと、ぱっと見だけではカッキーとサクちゃんが悪そうだ、くらいにしか見えませんが、あちこちに仕掛けがあって、深読みできる要素がいろいろあるように思います。

 

『心にもないこと』のMVで引っかかるのは、おそらく、なんで彼女たちがパントマイムみたいなことをやっているのか、ということだと思います。

 

というわけで、表のテーマと思しきものはサクッと説明して、裏テーマと思しきものの考察もどき、それからこの曲でセンターを務めた池田瑛紗さん(以降、彼女の愛称「テレパン」と表記)について思っていることを中心に書いていきます。

 

2023年3月17日付のテレパンのブログに、この曲のポイントが書かれています。

当時のテレパンのブログを引用します。

制服を脱いで、今までの5期生の曲とひと味違う?そんなMVになっております ひとりひとりにフォーカスが当たる素敵な作品です

是非ご覧ください\( ¨̮ ( ¨̮ ( ¨̮ )/✨

~中略~

今回池田はアンドロイドだ!!!と言われ、アンドロイドになったつもりで撮影に臨んでみました🤖


近未来的なセットと衣装も相まって、新しい5期生のみんなの魅力が伝わっていたらいいなと思います(*^^*)

上の引用(特にハイライトした部分)が、このMVのコンセプトを端的に表しているように思います。

 

MVを見て最初に目につくのが、家の中にいるのに、やたらと服がかしこまっているところです。

デートスタイルではなく、どちらかと言うと、これから会社のお偉いさんと会いに行くとか、パーティーに行くとか、親が子供の入学式や卒業式に出席するとか、そういう感じの格好していますね。

一年前の自分はそのことをスルーしていますね。いや、めちゃめちゃ目立ちますし、不自然だからスルーしちゃいかんです。

では、なぜそんなに、かしこまった格好をしているのかと言うと、おそらく彼女たちの卒業セレモニーのためなんだと思います。

5期生楽曲の全体の流れから見ても、29枚目シングル収録の初の5期生楽曲『絶望の一秒前』から始まった一連の5期生成長物語も、この『心にもないこと』で終幕を迎えることになります。

 

この服装に関するヒントは、テレパンのブログにあった「今回が制服なし」というところだと思います。

今までの学校通いの生活から、いよいよ巣立ちのときが来たってことですね。それで、かしこまった服を着ているということなんでしょう。後で触れていますが、MVの最後のところで、いよいよ巣立ちという場面が出てきます。

それで、彼女たちのいる場所は、彼女たちにとってアイドル養成所なんだと思います。

この曲の発表時期は、世間的に卒業シーズンと重なります。そして、5期生が選抜組とアンダー組と分かれるタイミングでもあります。そういう時期的なものも込みなんでしょうね、きっと。この辺のことについては、一年前の記事でも言及しています。

 

ここでもう一つポイントがあります。

さっき引用したテレパンのブログから、彼女の役回りがアンドロイドということになっていますね。

アンドロイドなので起き方がすごく機械的です。目を覚ましてすぐにぱっと起きます。なるほどアンドロイドです。

そして、表情もあまりありません。なるほどアンドロイドです。

でも、起きた後、あくびをして、のびをしています。アンドロイドがやりますかね。いや、そもそもアンドロイドなのになんで寝ているんだ、というところに不自然さがあります。

近未来設定なので、アンドロイドがいるということはわかります。

自分の中では、この一連の流れを簡単に片づけています。多分、テレパンはポンコツアンドロイドなんだろうな、と。

理由は簡単です。他のメンバーがとっくに起きているのに、一番遅くに起きているし、それにおそらく、人間のアイドルからコピーすべき所作を間違えて、アクビをするところとか、のびをするところとかをコピーしてしまっています。まあ、愛嬌があると言えばありますけど。

 

もう一つ大きなポイントがありますね。

彼女たちのいる空間の土台になっているガラス板です。これ、5期生楽曲『バンドエイド剥がすような別れ方』に出てきたガラス板と同じですね(物理的に同一なのかどうかは知りませんが)。

このガラス板の解釈については、一年前の記事とあまり変わりません。

このガラス板は、いわば「乃木坂研修生」として一年間、一緒に過ごしながら切磋琢磨する「地盤」のようなものだと思います。

『バンドエイド...』のときは、ただの地盤でしたが、そこにフレームが足され、家のようになっています。アイドルとして研鑽を積むための学校みたいなところなんでしょう。

この辺もあまり解釈に開きが出ない、どちらかというと一本道かなあ、と個人的に思います。

 

あと、面白いと思うのは、ときどき紫色のもやっとしたものが下から浮き上がります。

 

 

みーきゅんの後ろに紫色のもやがかかっていますが、これ、MVのあちこちに出てきます。

このもやっとしたものが、一人前の乃木坂になりかかっているという彼女たちのステータスを表しているんでしょうかね。

ステージ衣装が真っ白なのも彼女たちのステータスを表わしているように見えます。まだ何色にも染まっていないっていう。

 

ここまでは、さほどカロリーを消費しなくても消化できていると個人的に思っています。もちろん当たっているかどうかは定かではありませんが。

 

このMVの中で一番分かりにくいのは、メンバーがパントマイムのように「ピアノを弾くふり」、「お茶を飲むふり」などの「ふり」をしている、というところです。

これについては、自分の中では統一した見解ができていません。そのときどきでいろいろな説が出てくるのですが、今のところ一番有力な説は、アイドルの虚構性を表わしているのではないか、という説です。

深読みし過ぎているきらいはありますね。

「虚構性」なんてやたらと大上段に構えちゃってますが、こういうテーマ、自分には分相応でない気が大いにしますwww。

 

自分なりに「アイドルってこういうものなのかな」という仮説を立てています。

まだ仮説として体系だったレベルにまでは至っていないのですが、今時点では、アイドルって(かなり大袈裟な表現になりますが)一億人の日本国民を巻き込んだ壮大な「ごっこ」なんじゃないかと考えています。

アイドルをすごく冷めた目で見ると、そこそこ可愛い子が、そこそこのレベルで歌を唄って踊っている、みたいに見えるんだと思います。実際、自分も乃木坂に興味を持つまでは、そういう見方をしていました。

彼女たちを「アイドル」として見る、あるいは受け入れるという通過儀礼をくぐり抜けると、彼女たちの容姿も歌も演技も賞賛に値するものに見える、あるいはそう思い込む、ということになります。つまり演じる側も見る側も「ごっこ」をしているんじゃないか、ということです。

なんかディスっているような書き方しているように取られるかもしませんが、そういう気はありません。

一種のお祭りみたいなものだと考えてもらうといいと思います。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊りゃな損損」なんていうのと同じノリです。

アイドルっていう神輿をみんなで担いで「わっしょい、わっしょい」している、というようなイメージです。自分はあまり乃木坂に投資できていないので、神輿を担いでいるというよりは、神輿の後ろにくっ付いて歩いている人くらいの立ち位置なんだと思っています。

頭の中でうまく整理できていないので、ちゃんと説明できている気がしないのですが、なんとなく言わんとしていることは伝わったら嬉しいです。

 

そういう虚構性をMVの中で表現しているっていう見方です。

自分で言うのもなんですが、おそらく外れているでしょう。

単純に、「これは疑似的(概念的)なお家ですからね。お家の中の人もフリをしてます」というふうに見る方が自然かもしれません。

まあ、いいです。

 

一年前の記事では、このガラス板の上にできている疑似的なお家は5期生にとっての「ホーム」、つまり帰ってくる場所、なんて書いていますが、多分、違いますね。

このお家、すでに撤去モードに入っている感じがします。完全撤去なのか、次の期生に使いまわされるのか知りませんが、下の図は撤収モードに入っているように見えます。

 

 

 

まあ、帰ってくる場所ではなくなると思います。しいて言えば、途中のセピアカラーの写真=メモリーが彼女たちの「ふるさと」みたいな位置付けになるんだと思います。

 

MVの最後の方で「花を持つフリ」でなく、本当の花を持っていますね。まさに花を持たせるってことでしょうか。それで皆が巣立った後に、花が一つの花瓶に収まるっていう、なんとも思い入れたっぷりの演出だと思います。

 

まあ、ほじくり返せば他にもいろいろと出てくるのかもしれませんが、このMVを深掘りしてあれこれ書くのはなんか違う気がします。といってもMVが浅いって言っているわけではありません。あれこれ謎解きするようなタイプではないな、と感じているということです。

 

そんなこんなで、大筋で見ると、一年前とだいぶ見方が変わっています。

気づいている点も多くなったように思います。

ここに書いた以外にも気づいた点はあるのですが、細かいことを書き出すとキリがないので、些末な点は割愛して、全体にインパクトがありそうな大きな点をピックアップしたつもりです。

多少は見方が深くなったということなんでしょうかね。もしそうだとしたら嬉しい限りです。

 

テレパンについて思うこと

 

ついでなんで、テレパンについて思っていることを書きたいと思います。

別の記事で書いたことかありますが、自分の中では5期生の中で一番美人=テレパンです。目鼻立ちが超絶的に美しいです。

そのうえ芸大生です。絵がうまいだけでなく、頭も相当いいってことですね。

そして変人です。自分の知り合いにも絵描きさん、絵描きの卵さんがいますが、まず例外なく変人です。

変人なんていう言い方はよくないかもしれません。まあ、表現を薄めるならば「変な人」というところでしょうか。あまり変わらない気もしますが。

なんでしょう、独特な感性の人が多いんです。ファッションセンスとか、日常的な言動がつかみどころないというか、なんというか。

めちゃめちゃ面白い人だとは思います。ただ、クセが強すぎて付いていけないときもあります。

 

簡単にまとめると、テレパン=美人+芸術家はだし+めちゃ頭いい+変な人、となります。

 

こういう人材って探そうとしてもなかなかいないんじゃないかと思います。

おそらく乃木坂の歴史の中でも、こういう人が入ってくることはそうそうないんじゃないかと。

こんな素材を放っておく手はない、その独特の感性を大いに活かしてもらいたい、と個人的には思います。

しかし、実際には、彼女を既成のアイドルの枠にぐいぐい押し込んでいるように自分には見えます。なんかテレパンが息苦しそうに見えます。

 

加入当時の所作は、斜視っぽく斜めに物を見たり、ドライアイで目を細めたり、ひきつったような笑いをしていたりと「ヤバそうなキャラ」という印象があるのですが、いまや正統派アイドルとして、ああいうクセは矯正されたように思います。

アイドルとしては正しいのかもしません。

でも、最近は陰キャも市民権を得ているように思います。陰キャの独特な感性に基づく物言いも、以前ほど引かれることもなく、むしろ面白がられているんじゃないかと。

彼女独特の視点や感性に基づく「ヤバい発言」も面白いんじゃないかなあと。むしろ、乃木坂の幅が広がっていいんじゃないかと思うんですけど、そういう需要ってあまりないんでしょうかね。

 

そういう陰キャ全開がアイドル的にご法度なのであれば、せめてテレパンには漫画(乃木坂の内部事情を面白おかしく描いてもらうとか)を書いてもらいたい、そう思います。

大学との両立で大変だと思いますが、ブログの回数を減らしてでも漫画を書いてくれたら嬉しいなと思います。

テレパンに漫画、アルノさんにエッセイを書いてもらい、月一で「月刊乃木坂」として500円くらいで発刊してくれたら絶対買いますけどね。

やらないかなあ。

 

ブログ投稿裏話

 

冒頭で書いたように、初投稿はドキドキものでした。

なにせ当時(と言っても今もあまり変わらない気がしますが)生半可なファンだったので、「黙っとけ、ボケェ」とか「わかったふうなこと抜かすな」とか、さんざんなコメントが付くかもと思って大変ドキドキしていたわけです。

しかし、実際にはそうはなりませんでした。

そりゃそうですね。ぽっと出のブログを見てくれる人なんて、そもそもほとんどいないわけですから。

一応、MVなり曲なりを自分なりの観点で切ってみようと始めたブログですが、最初の頃は何を書いていいのか暗中模索という状態でした。

多分、去年の7月に『バレッタ』のMVを見てさんざん考えたあたりから、少しずつ見方が変わってきた感じがします。それまでボウッとして気づかなかったものに気づくようになった気がします。

考える癖を付けると、それに合わせて脳の配線も変わってくるんじゃないかと思います。

スポーツをやっていると、だんだんそのスポーツに合った体型になっていくのと似ています。

 

こうやって考える癖を付けると、作者が忍ばせている(と思われる)テーマに気が付くという余禄が付いてくるように思います。

実際に例を出します。

『ターミネーター2』という映画がありますね。古い映画ですが、結構有名な映画なので観た方も多いと思います。

大筋は、未来はAIが意識を持つようになり、人間を敵と見なし徹底的に排除していくのですが、人間側に指導者が現れ、劣勢を挽回します。こりゃいかん、ということでAIは、過去に戻って指導者を亡き者にしてやろう、というお話です。簡単に言えば、不利な状況を挽回するための過去の改ざんです。

そこで、過去を改ざんをしようとするAI側と、変えられてなるものかと抵抗する人間側と決死の攻防が繰り広げられます。

ここで紹介するシーンは、そのAIの開発者に、AIの開発をやめるよう諭すシーンです。

 

 

左が未来の指導者の母親、右がAIの開発者。

このお母さんが開発者を説教します。こんな感じの説教です。「あんたたち何も考えないでしょ。自分のことクリエイティブなんて思っているでしょ。でもあんたたちが何を作ったの。でも、女の人は子供を産むのよ。それこそクリエイティブなことじゃなくて?」

そして、次の絵、左側が開発者夫婦、右側が未来の指導者(子供)、味方のロボット(シュワちゃん)です。

 

 

開発者はお母さんとシュワちゃん+未来の指導者(以降、シュワちゃんチーム)に挟まれて責められるわけです。お母さんは上から目線で理想を説き、シュワちゃんチームは、お母さんの説教を制止する形で話に割り込み、そういう理想はさておき、現実的に開発中のブツを壊さんといかんだろうと説きます。

それまでは何とも思わなかったのですが、改めて見て、「おや」っと思いました。

お母さんが理想を説く位置にいて物理的に一番高、見おろすポジション、それから、開発者夫婦よりも下の位置にシュワちゃんチームが並んでいるように見えます。おそらく開発者チームとシュワちゃんチームは座高で言えば、そんなに変わらないと思うんですが、真横から映すことなく、こういうアングルで撮ってあえて下に見えるようにしているのかな、と。

まあ、開発者夫婦とシュワちゃんチームとの高低差は微妙なところですね。でも、お母さんが見おろす位置にいる、というのは意味がありそうな気がしています。

つまり、意図的に、理想から現実に向けて物理的な位置も下がって見えるようにした、ということです。

まあ、当たっているかどうかはわかりません。

 

基本的に自分は、アメリカ人を能天気民族と捉える傾向があり(偏見ですね)、キャメロン監督(実際にはカナダ人)もその一派と勝手に考えていたのですが、いまはそういう感じがなくなりました。

 

キャメロン監督は、『2001年宇宙の旅』などの名作を撮ったスタンリー・キューブリック監督をたいそうリスペクトしていて、彼の作品にはキューブリック作品のオマージュがあちこちに出てきます。

改めて『ターミネーター2』を見たときに、『2001年宇宙の旅』に対する彼なりの回答なのかもしれないな、と考えるようになっています。

『2001年宇宙の旅』が、類人猿が利権のために殺し合う→戦争がテクノロジーの進歩を促す(実際、コンピューターの進化を促したのは戦争です)→最終的にそのテクノロジーの申し子とも言えるAIと争い人間が勝つ→「神」に進化する機会が与えられるという流れ、つまり人類は次のステップに進むために常に争わなければならないという図式を書いているのだとしたら、『ターミネーター2』は、そういう争いの連鎖を断ち切り、共存するという選択肢を提示しているのではないかと思うようになっています。

いや、人間と機械が単にどんちゃんする映画じゃなくて、意外に深いんじゃないかと。

こんなことを考えるようになったのも、乃木坂のブログを書くようになり、MVとかを真面目に見るようになってからです。

 

こうして自分なりに考えていることも、他人から見れば単なる妄想に過ぎないのかもしれませんが、こういう副次的な作用もあるのだから、ブログを続けていてつくづくよかったなとしみじみと思います。

期別で見た完売状況の推移

以前の記事『数字で見る乃木坂の世代交代』の続きです。

 

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以前の記事で期別の完売状況の推移を出しました。

完売率を各期の人気の指標として使い、各シングルを経るにつれて、どのように人気が推移するのか簡単に見てみたのですが、推移を表ベースでお見せしたため、視覚的にわかりづらく、記事の最後の方でも「グラフの方がいいですね」と書いていました。

やっぱりグラフにした方がいいと思い、以前の記事の内容を焼き直し、表をグラフにしてみました。

 

まずは、シングル売上枚数の推移をグラフにしてみました。横軸に何枚目のシングルか、縦軸に初週の売上枚数をとっています。

 

 

 

やっぱグラフのほうがわかりやすいですね。

コロナの影響で握手会がなくなり、26枚目でガクンと売上枚数が落ちて、その後、横ばい。31枚目で齋藤飛鳥さん卒業ブーストがかかって売り上げが持ち直し、また落ちて横ばい状態。前の記事で説明したとおりです。

 

29枚目『Actually...』でも売上枚数が落ちていますね。曲やフォーメーションに対する不評、中西アルノさんの自粛騒動が影響しているんでしょうかね。

ちなみに29枚目のミーグリの完売総数は特に落ちているわけではありません。

売上枚数と完売数の相関関係があるのか見てみたいので、完売総数をグラフにしてみました。

横軸に何枚目のシングルか、縦軸に完売した部数の総数をとっています。

 

 

 

こうしてみると、落ちているどころか上がっていますね。

つまり、人気が落ちたからCDの売り上げが落ちたというわけではなさそうです。

まあ、そもそもミーグリは、曲が気に入るかどうかとか、誰が自粛したとかよりも、メンバーに会うことが目的なのだから当然と言えば当然ですね。

 

ということは、一定の購買層が買い控えたということなのかもしれません。

そういう購買層はと幅が広く、純粋に乃木坂の音楽を楽しむファンや、特典映像、写真、全国握手会/ミーグリを目当てにした乃木坂ファン、あるいは一般的なリスナーなど、さまざまな購入者層が考えられます。

いずれにしても、そういう層の一定数の人たち、それも売上を左右するくらいの勢力がCDを買い控えた、ということになるのかもしれません。

 

もっとも上の売上枚数の推移は、初週売上のデータで、ミーグリの募集期間とは期間的にかぶらないため、どこまで情報として正確なのかは大きな疑問符がつきます。

少なくともリリースから何か月分かの累積枚数でないといかんですね。

オリコンが有償で累積枚数を出しているみたいですが、お金を払ってそれを入手したとしても、ネットに公開すると著作権侵害になるため(オリコンのサイトにその旨の表記あり)、いずれにしても出せませんね。

 

というわけで、いまの手持ちのデータで売り上げの多い少ないを語るのはちょっと苦しいですね。まあ参考程度に見てくれると嬉しいです。

 

期別の完売状況

 

さて、ここから本題です。

まずグラフを出します。

縦軸にスコア(人気の一指標)、横軸に17枚目シングルから34枚目シングルをとっています。

 

 

 

 

詳しいことは後で書きますが、折れ線グラフは売れ行きの高低を表していると思ってください。

なお、「売れ行き」を「人気」と置き換えて読んでいただいても結構ですが、あくまでも完売データは人気を表すごく一部のデータに過ぎません。

 

以前の記事と内容的にかぶりますが、主だった傾向は次のとおりかなと思います。

 

  • 新しい期が入ってくると、その期に売れ行きが集中する。
  • 一定期間を過ぎると、新しい期の売れ行きが徐々に低下する。
  • 26枚目シングルのときに、各期の売れ行きががくっと落ちた(おそらく握手会からミーグリに移ったことが原因)。

 

まあ、あえて説明の余地がないというか、当たり前の話なんですけどね。グラフにすると傾向が一目瞭然になりますね。

 

1期生2期生の推移を表す折れ線は、薄い色にしています。見てほしいデータは3期生から5期生のデータです。

グラフに使っているデータは、3期生が握手会に初めて参加した17枚目シングルから、データとして残っているものとしては最新である34枚目シングルまでのデータです。

3期生以降のデータを見てほしい理由は、乃木坂の現行路線が定まったのが3期生から、ということです。1期生から2期生までは路線を模索していたフェーズで、3期生から現行路線が定まり、その路線に以降の期生が乗るようになっています。

新しい期生が加入すると、新しい期生の中から推しのメンバーを選抜にプッシュ、その他いろいろな媒体でアピール、期別楽曲を連続でリリース、みたいな感じの路線が初めて3期生でルーチン化されたと思います。

 

以前の記事と違うところは、前は人気の指標として完売率を使ったのに対して、今回は完売スコアという独自の指標を使いました。

完売率だと売れたかどうかに焦点が当たってしまい、早く売れたかどうか、つまり完売スピードが加味されないという欠点があります。そこで完売スコアを独自に作ってみました。

完売スコアをどうやって出しているかは記事の終わりの方で説明しています。

 

先ほどの主だった傾向について説明します。

 

新しい期が入ってくると、その期に売れ行きが集中する。

3期生から5期生までの共通点は、最初の握手会/ミーグリはスコアは概ね低調で、次の回から売れ行きが大きくアップします。最初は様子見、次から目星を付けたメンバーに会おうということですかね。

 

一定期間を過ぎると、新しい期の売れ行きが徐々に低下する。

売れ行きが好調なメンバーとそうでないメンバーが徐々に色分けされ、総体的には売れ行きが落ちていくということなんでしょう。これも当たり前の話なので、敢えて解説の必要がない話ですね。

 

26枚目シングルのときに、各期の売れ行きががくっと落ちた。

グラフを見てのとおり、26枚目のときに全体的に売れ行きが落ちています。

これは、期別だけでなく、個人別に見ても同じ傾向が出ています。それまで売れ行きが好調だったメンバーも軒並み売れ行きが下がっています。

コロナの感染拡大を受けて、握手会が中止になり、オンラインミーグリに移行したわけですが、握手会ほどは需要がないってことらしいですね。

しかし、5期生参加とともに売れ行きが持ち直しています。なんだかグラフを見ると救世主っぽい現れ方をしていますね。

 

個人別にみたとき

 

前の記事で書いたとおり、個人の完売状況の推移は出しません。

別に出し惜しみしているわけではなく、データの精度があやしいこと、何か副作用を起こすのではないかという懸念などがあるからです。詳しいことは、以前の記事で書いています。

個別のデータは出しませんが、なんとなく全般的な傾向があるようなので、まとめました。

 

  • 売れ行きが安定して高いメンバー。ほぼ2次募集までに完売。さしずめエースの条件というところでしょうか。
  • 売れ行きが安定しないメンバーは、いったん売れ行きが落ち始めると下降線を辿るケースが多く、その後、盛り返すメンバーと、がくんと落ちてしまうメンバーに分かれ、がくんと落ちてしまったメンバーはその後なかなか盛り返せない。
  • 26枚目シングルで全体的にチケットの売れ具合いが落ちたが、そこで盛り返したメンバーと盛り返せなかったメンバーが出て、売れ行きに格差が生まれたように見える。

 

まず一点目。売れ行きが安定して高いメンバーの話です。

これは誰のことかは明白ですね。カッキーとかサクちゃんとかですね。

なんていうんでしょう、ブランド化されている、みたいな感じで、言い方は悪いかもしませんが、勝ち馬に乗る的なノリなんだと思います。

人気レストランに人が並ぶのと同じようなノリなんでしょう。味の分かる人もいれば、分からない人もいる。とにかく並んで食べるのが一種のステータスと化しているんじゃないかと思います。

自分は2022年の春から乃木坂のファンをやっているので、リアルタイムでこのポジションに付くのを見たメンバーは、井上和さんです。

以前の記事にも書きましたが、5期生の紹介ビデオの時点からコテコテの演出がされていて、「ああ、運営さんはこの子をエースにしたのね」と意図が丸見えでした。それに彼女の魅力も相まって、このポジションに付いたということなんでしょう。

 

次に二点目。売れ行き好調なメンバーとそうでないメンバーが出てくるという話です。

何がきっかけなのか分からないのですが、全般的にいったん下降し始めるとなかなか持ち直せないみたいです。

特にスキャンダルがあったわけでもなく、なぜそのような現象が起きるのかは不明です。まあ、原因はいろいろでしょう。

 

人気商売ですから人気が時間とともに下がっていくのはアルアルなんですが、ただそれだけでは説明が付かないケースもあるような気がしています。

そういうアルアルの理由の他にも、2つほど理由があるのではと考えています。

 

その他の理由その1。

ネットでの噂とか、ネガティブな情報がファンの心理に作用しているのかもしれないなと推測しています。

おそらくコアなファンは、心変わりすることが少ないのに対して、何となく雰囲気で推している浮遊層みたいな存在が、そのときどきの状況、たとえば、ネットに書き込まれた情報などをもとに、評判のいいメンバーに移っているとか、そういうことなのかもしれないなと思っています。

 

その他の理由その2。

もしかしてアイドルとしての魅力と、女性としての魅力は両立しないのではないかという気もします。

時間の経過とともに、女性としての魅力が増す代わりに、アイドルとしての魅力が薄れていくという理由もあるのかもしれません。

 

女性は大人になるのが早いですからね。

だいたい20代中頃に向けて女性は急速に「大人」になります。

20代中頃の女性と話していると、考え方がすごく「大人」で感心することがよくあります。

現実に立脚した、冷静な考え方をする傾向が強いと思います。特に人に対する見方がすごくシビアで、よく人を見ているなと。

20代中盤の男性と女性が喧嘩したら、おそらく女性の勝ちになるケースが多いんじゃないでしょうか。具体的な根拠もないような話を出しようものなら簡単に揚げ足取られます。

対等に渡り合えるようになるまで、少なくとも男性にはあと5年の月日が必要でしょう。多分に自分の経験が入っていますが、他の男性の話を聞いても大体そんな感じです。

精神的な成熟のスピードでは女性に大きく遅れをとる男性ですが、しかし、どこかのタイミングで、女性が得意でない思考パターンを獲得します。それは、全体の流れを見極める力、どちらの方向に走ればいいのかを判断する力です。

 

話が脱線したので元に戻します。

そういう精神的な成熟度の高さが、20代前半に女性的な魅力として顕著に出るように思います。そういう魅力って、自分のようなおっさんには眩しすぎるくらい魅力的に映るのですが、いわゆるアイドル的な魅力とは違って映るのかもしれません。つまり、アイドル的な見方がされにくくなるのかもしれないなと。

 

まあ、そんな理由もあるんではなかろうかと考えています。

 

最後に3点目。26枚目で売れ行きがガクンと落ちて云々の話です。

コロナの影響で、という説明は前にしたとおりです。

個人別のデータを見ると、常にハイスコアを叩き出してきたメンバーも含め、がくっと売れ行きが落ちています。

しかし、その後、持ち直したメンバーとそうでないメンバーで明暗が分かれています。先のグラフで、26枚目以降、全体的にスコアが低調になりますが、それは伸び悩んでいるメンバーがいたからです。

特に3期生は、梅澤美波キャプテンをはじめとするハイスコアのメンバーが握手会/ミーグリ免除になったのを受けて、スコアがいっそう落ちています。

 

完売スコアの出し方

 

前に説明したとおり、完売スコアなるものを独自に作りました。

独自に作ったなんて書くと格好いいかもしれませんが、頭が悪いうえに時間がないので、テキトーに作った指標ですwww。

正直言って、算出方法を公開するのも恥ずかしいくらいなんですが、おそらく時間ができたところでちゃんとしたものは作れまいと踏んで、恥を忍んで出しちゃいます。統計的な考えができる人から見れば「笑止もの」でしょうけどね。まあ、こうして恥をかくのも一興です。

考え方はいたってシンプルです。

全部数を1次完売したら100点とし、そこから2次、3次と完売が遅くなるほど点数が落ち、また、完売部数が少なくなるほど点数が落ちるという計算方法です。

具体的には、

 

 

 

 

という計算方法です。

完売部数が多いほど分子が大きくなる=点数が高くなる、完売速度が早いほど分母が小さい=点数が高くなる、ということなので一応、理屈上は合っているかなと。

0.25という数字がどこから出てきたのかというと、これは計算を試行しながら決めた数値です。0.3だったり、0.1だったりしたのですが、0.25にすると、感覚的にわかりやすい点数になったと判断して、この数値に決めました。

この数式で計算すると、たとえば、30部を全部完売したとして、1次募集で完売した場合は100、2次募集で完売した場合は80、3次募集で完売した場合は66,7、以下、少し飛ばして5次募集で完売した場合は50、10次募集で完売した場合は30.8となります。

期によってメンバーの人数が違うため、公平を期するために平均の完売スコアにしています。

 

あとでこのやり方ではダメなことに気づき、訂正するかもしれませんが、とりあえずはこれで進めていくことにします。

 

まあ何であれ、このデータはバロメーターとしては偏っています。

メンバーの人気を表しているとはとうてい言える代物じゃありません。その辺のことについては、以前の記事で詳しく説明しているので、興味があれば覗いてください。

 

今回はExcelでグラフ化

 

今回、グラフはExcelで作っています。

JavascriptでもPHPでもなんでもいいんですが、スクリプトを使うのはやめときました。

スクリプトをゴリゴリ書くのが面倒くさいというのもあるんですが、軸の調整とか、折れ線の色の変更とか、グラフの細かなチューニングがあまりできないんじゃないかな、なんて考えています。ちゃんと調べたうえでの考えではないので、こういう物言いをするのもなんですが。

餅は餅屋やだべ、というわけでグラフの得意なExcel君にやってもらいました。

実際、軸の調整とかデータの選び方とかすごく簡単でした。直したいところを右クリックすれば、たいていのことができてしまいます。

 

いつになるかは分かりませんが、動画の再生回数などのデータをYouTubeから自前のデータベースにリアルタイムで取り込もうと考えています。そうしたときに、たとえば再生回数を動的にグラフ化する、みたいなことも視野に入れているので、そのときにはJavaScriptとかの出番になるんじゃないかなと思います。

逆にそういうリアルタイム性が求められない場合は、やっぱりExcel君にグラフをやってもらうことになるでしょう。

 

最後に

 

もともとデータを見てあれやこれや考えるのが好きなので、興味本位でデータを並べて「ああでもない、こうでもない」といろいろ考えることは好きです。

ただ、今回みたいに完売のデータを使うことは当面ないんじゃないかと思います。

個人の完売データを出さないという言い訳を免罪符に使っていますが、期別で出したところで、やはり同罪じゃないかという想いはずっと引きずっています。

この辺のことは、以前の記事でうだうだ書いているので、興味があれば覗いてください。

 

今のところ、データを使ってああしたい、こうしたいというネタは特にないので、しばらくはやらず、妄想たっぷりの考察ネタに走ると思います。

それ以上に、書きかけで放置している記事がたくさんあるのですが、どうしたもんだか。

中西アルノさんの続編と『バレッタ』の続編は頑張って書きあげようという気はあるのですが、なかなか実行に移せません。